大滝詠一の幸せな結末(はっぴいえんど)はラブジェネレーションかナイアガラか。


ども、管理人CoCoです。

気が付くと口ずさんでいる歌があったりしますよね?

だいたいはその時はやっている曲だったり、
たまたま何かのきっかけで思い出したりするんですが、
そういったきっかけもなくふと思い出してしまう曲。

私の中ではそんな曲のひとつに大滝詠一さんの
「幸せな結末」があります。

木村拓哉さんと松たか子さんが主演した月9ドラマ
「ラブジェネレーション」の主題歌としてリリースされた
ラブバラードです。

ノスタルジックな気持ちになる名曲で、
曲を思い出すうちに大滝詠一さんや名曲の数々について
もう少し詳しく知りたくなりました。

大滝さんの名前を知らなくても、
曲は聞いたことがあるというかたも多いはずです。

というわけで今回は大滝詠一さんについて
いろいろ調べてみたいと思います。

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大滝詠一さんてどんなひと?在りし日の大滝詠一について。

大滝詠一(おおたきえいいち)本名は大瀧榮一(読みは同じ)
1948年7月28日生まれ 岩手県出身
2013年12月30日没(満65歳)

大滝詠一

小学5年生の夏にコニー・フランシスが歌う「カラーに口紅」に魅了されて
アメリカンポップスにハマったということです。
※ラッツ&スターに楽曲提供した「Tシャツに口紅」のタイトルは
この「カラーに口紅」をもじったものですね。

洋楽だけではなく、小林旭や三橋美智也、クレイジーキャッツなど
邦楽やコミックソングなども幅広く聴いていたのが、
のちの音楽活動にも大きな影響を与えています。

高校時代にコミックバンドを組みたかったそうですが、
メンバーが集まらず断念。
しかたなくビートルズのようなタイプのバンドを組んだようですね。

しかたなく、というところがすでに大滝さんっぽいです。

バンド(はっぴいえんど)結成とデビュー

1968年に早稲田大学第二文学部に入学し、
在学中に細野晴臣氏や、松本隆氏と出会い1970年に「はっぴいえんど」を結成、
バンド名と同じ『はっぴいえんど』というアルバムでデビューしました。

はっぴいえんど

細野晴臣さん
のちにYMO(イエローマジックオーケストラ)のメンバー。

松本隆さん
のちに作詞家。松田聖子さんの曲の作詞を多く手掛けています。

鈴木茂さん
ギタリストのちにセッションミュージシャン、アレンジャーとして活躍しました。

ちなみに、スタジオジブリの名作「風の谷のナウシカ」の主題歌で
安田成美さんが歌う「風の谷のナウシカ」
作詞:松本隆さん、作曲:細野晴臣さんです。

驚き!

1972年に「はっぴいえんど」は正式に解散となりました。

原因は明らかにはされていないようですが、
どうやら音楽の方向性の違いによるものだったようですね。

大滝詠一のソロ活動と「はっぴいえんど」解散後の動向

大滝さんは「はっぴいえんど」解散前からソロ活動をしていて、
1972年には『大滝詠一』という自らの名前をタイトルにしたアルバムも
リリースしていました。

そんな大滝さんですが、「はっぴいえんど」解散後は
ソロ活動をせずに、プロデュース業や、CM曲の制作という
道を選びました。

「ナイアガラ・レーベル」というプライベートレーベルを設立し、
作詞・作曲から、原盤管理など音楽を0から全て自らの手で生み出すことに
情熱をささげたようです。

ナイアガラはご存知カナダと北米の国境にある大きな滝です。
つまり「大滝」=「大きな滝」=「ナイアガラ」というネーミングですね。

ナイアガラレーベルのレコードは聞きごたえのある楽曲も多数ありますが、
趣味、趣向が強く出た作風の曲が多かったため、
商業的には失敗という判断がされ休業状態になってしまいました。

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大滝詠一のターニングポイント、CBSソニーへの移籍

1980年に大滝さんはCBSソニーに移籍しました。

今までの方向性を大きく変え、
「はっぴいえんど」時代からの旧友、松本隆さんと組んで
ソロアルバム制作に着手しました。

ここで生まれたのが今なお音楽史にその名を残すアルバムとなった
『A LONG VACATION』です。

A LONG VACATION

今でもCMや番組でも使われるほど心地よい楽曲が詰まっています。

発売は1981年3月でしたが、すぐに売れたわけではなく、
緩やかに売り上げを伸ばして夏にはついにチャートの2位にまでのぼりつめました。

その後、再びプロデュースと楽曲提供を軸に活動をすることになります。

松田聖子さんに提供した「風立ちぬ」
森進一さんに提供した「冬のリヴィエラ」
小林旭さんに提供した「熱き心に」など、
幅広い世代に受け入れられるビッグヒットを連発しましたね。

1984年にアルバム「EACH TIME」をリリースしました。

EACH TIME

前作「A LONG VACATION」の流れをくむサウンドでヒットを飛ばしましたが、
どうやらこのアルバム制作中から、大滝さんの中では歌手活動の休止を考えていたようです。
楽曲提供もほぼなくなり、私たちは長い間大滝さんの名前を聞くことがなくなってしまいました。

この時期大滝さんは、独自の音楽理論の構築をしていたそうです。
・・・むずかしいですね。
詳しくはわかりませんし、解釈が違っているかもしれませんが、
音楽活動が商業主義にしばられることに抵抗があったようです。

ま、とにかく1988年ごろから、長きにわたって沈黙していた大滝さんですが、
1995年ごろから再び楽曲提供を再開、
1997年には12年ぶりの新曲「幸せな結末」をリリースしました。

幸せな結末
月9ドラマ『ラブジェネレーション』の主題歌として発表された
「幸せな結末」ですが、発表に関しては様々な逸話があります。

フジテレビプロデューサー亀山千広さんの功績
 大滝さんの大ファンだったフジテレビの亀山千広プロデューサーが
 大滝さんに「(大滝さんのアルバム)ロングバケーション的な」ドラマ主題歌を
 何度もオファーしたそうです。
 大滝さんはようやく受諾してくれたものの、作曲が難航。
 待ちきれなかった亀山さんは大滝さんに許可を得て、ドラマのタイトルを
 「ロングバケーション」(主演:木村拓哉さん、山口智子さん)にしたそうです。

「幸せな結末」曲のタイトルとジャケット
 曲のタイトルはもちろん、自身が在籍していたバンド
 「はっぴいえんど」からですが、 ジャケットもアルバム「大滝詠一」のままです。

大滝詠一


幸せな結末

 カップリングの「Happy Endで始めよう」というタイトルも実に味がありますよね?
 曲の歌詞にも往年の大滝さんの曲のタイトルがちりばめられていました。

 なお、大人気だったドラマ「ラブジェネレーション」には特別番組が存在しました。
 全11話の総集編に二人のその後を描いた追加撮影部分を加えた特番、
 「ラブジェネレーション’98 ハッピーエンドから始めよう!」です。
 サブタイトルにも思いっきり「ハッピーエンドから始めよう!」って入っています。

 20%を超える視聴率だったそうですが、
 本編も含めなぜか「ラブジェネレーション」はDVD化されていないんですよね。
 リリースしてくれないですかねぇ。

大滝詠一の2000年以降の活動、そして訃報

再び日本の音楽シーンに姿を見せ始めた大滝さん、
2000年ごろから、過去の作品のリマスタリングや、楽曲提供、
シングル「恋する二人」(2003年)のリリースなど、
緩やかながら存在感を発揮していました。

そんな折、2013年の12月30日に突如訃報が入りました。

大滝さんはご自宅でご家族との夕食後、
デザートのリンゴを食べていたそうです。

その時突如倒れられて、救急車で病院に搬送されたようですが、
そのままお亡くなりになられたのです。

65歳だったそうです。

ご家族の話では「リンゴをのどに詰まらせた」ということだそうですが、
詳細は明らかにされていないようですね。

かれとぴ編集後記

65歳という若さで旅立たれた大滝さん。

残念ではありますが
大滝さんが残した名曲の数々は
今でも心に残っています。

そして時折、アルバムを聴いています。

学生時代、よく聴いていました。
音楽は聞くだけで自分の心をその頃にタイムスリップさせてくれますね。

また、冒頭にお話ししたように曲を聴いた時ではなく、
突然思い出し、頭の中を巡ったり、口ずさんだり
そんな力をもった曲を作られた大滝詠一さんは
あらためてすばらしいかただったのだなぁ、とおもいます。

ただ、大滝詠一さんにとって
音楽における幸せな結末は、
多くの人を魅了する「幸せな結末」のような曲だったのか、
自分が目指す道を突き進む「ナイアガラレーベル」のような場所だったのか、
それだけが気になります。

私はどちらの大滝詠一さんも好きです。

みなさんも心の中の大切な音楽をお持ちだと思います。
ぜひどうぞ折に触れ、そんな音楽たちを思い出して聴いて見てください。

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最後までお読みいただきまことにありがとうございます。

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