佐野元春は代表曲SOMEDAYなど曲の歌詞やメロディだけでなく声や歌い方でも衝撃を与えてきた


ども、管理人CoCoです。

すばらしい曲と感じるものにはいくつか種類があります。

美しいメロディだな、と感じる曲や、
自然と元気になる曲など。

今回ご紹介する佐野元春さんの曲の中には、
もちろん
美しいメロディの曲も、
自然と元気になる曲もあります。

佐野元春

ただ、佐野元春さんが他のアーティストと
一線を画す部分として、

魂をゆさぶる曲

衝撃を与える曲

を数多く生み出しているところがあります。

今日はそんな佐野元春さんについて調べていきたいと思います。

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佐野元春ってどんなひと?

では、佐野元春さんのプロフィール紹介です。

佐野元春

1956年3月13日生まれ 東京都台東区出身

別名Moto、Lion(Lyonという表記の場合もあり)

この他「Holland Rose」
(アメリカ人デュオのホール&オーツのもじり)
という名義で松田聖子さんに「ハートのイアリング」を楽曲提供しています。

音楽との出会いは中学入学前に
友人にもらったというトランジスタラジオ。
それを介してロックミュージックにハマっていくようになったそうです。

中学時代にザ・フーのピート・タウンゼントのギター姿に憧れ、
のちに自らお金を貯めてギターを購入したのが
自らも音楽を始めるきっかけになりました。

立教高校時代にボブ・ディランに影響を受け、
そこから派生してサリンジャーなどの文学作品も傾倒するようになったようです。

質問者の写真
元春さんのしゃべり口調や、歌詞が
どこか文学的な感じがするのはこのあたりの影響でしょうか?

高校時代にバンド「バックレイン元春セクション」を結成、
1974年に立教大学に入学した後もバンド活動を継続していました。

同年夏にヤマハ主催のポピュラーソングコンテスト(ポプコン)に出場。

その時の曲は、のちに大瀧詠一さん、杉真理さんとリリースされるアルバム、
ナイアガラトライアングルVol.2にも収録されている「Bye Bye C-Boy」でした!

ちなみに参加当時のバンドメンバーは
4人のホーンセクションを含む10人編成だったそうです。

このころからホーンセクションを大幅に取り入れた音楽をやっていたんですね。

1978年大学卒業より半年ほど前に生活費と学費を稼のために
広告代理店に入社しましたが1年ほどで退社しました。

かねてからEPIC・ソニーのプロデューサー小坂洋二さんから
オファーを受けていたミュージシャンとしてのプロデビューを快諾し、
ついに1980年3月21日にEPIC・ソニーからシングル「アンジェリーナ」でデビューします。

佐野元春のデビュー後、初期3部作時代

初期のリリースアルバム「BACK TO THE STREET」「Heart Beat」は
商業的に必ずしも成功とはいえず、徐々にファンは増えていたものの、
3作目での結果が強く求められるような状況だったようです。

BACK TO THE STREET


Heart Beat

3枚目のアルバム「SOMEDAY」は2作目の「Heart Beat」から
1年2ヶ月後にリリースされましたが、
このあいだもナイアガラトライアングルメンバーとして参加した
シングル「A面で恋をして」や、
シングル「SOMEDAY」などのリリースの成果が表れ、
オリコンアルバムチャートで最高位4位を記録するヒットとなりました。


SOMEDAY

このアルバム「SOMEDAY」リリースを機に始まったツアー、
「Rock & Roll Night Tour」は大きな反響を呼び、
デビュー前だった吉川晃司さんや尾崎豊さんにも影響を与えたようです。

そしてこの後リリースされた初のベスト盤
「No Damage (14のありふれたチャイム達)」でついにオリコンチャート1位になりました。

NO DAMAGE:DELUXE EDITION(DVD付)

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佐野元春のターニングポイント:渡米そして・・・

ようやく人気が上がってきたタイミングで
佐野元春さんに転機が訪れます。

認知度が上がってきたことに満足せず、
常に新しい試みに手を休めない元春さんは、
単身渡米します。

その目的は「音楽業界をミュージシャン側から変えていく」
そのための準備だったそうです。

1年間のニューヨーク滞在を経て
当時まだ流行るどころか、多くの人がその存在すら知らなかった
ラップが含まれる曲を含んだアルバム「VISITORS」がリリースされました。


VISITORS DELUXE EDITION(DVD付)

それまでのサウンドと全く異なる曲に
賛否両論が沸き上がりましたが、
元春さんは「いつかは理解できるよ」と意に介しませんでした。

質問者の写真
今となっては当たり前の”ラップミュージック”ですが、
当時は本当に衝撃的で、私も理解できませんでした。

しかも、日本でラップが認知されるようになったのは、
この「VISITORS」リリースより数年後のことですから、
(「VISITORS」リリースが1984年、
同じくラップの先駆けともいえる久保田利伸さんの
「TIMEシャワーに射たれて」リリースは1986年)
元春さんの時代を読む力はすごかったと言えますね。

その後もカセットブック「Electric Garden」や
ポエムリーディング「奇妙な現実本気の現実」をリリースしたり、
ミュージシャンという枠にとらわれずにアーティスト活動を続けています。

プライベートレーベル「M’s Factory」の立ち上げや、
責任編集の季刊誌「THIS」の発刊などを経て、
2004年にプライベートレーベル「Daisy Music」を設立しました。

近年ではバラエティや、ドラマにも出演するなど、
音楽以外の活動もしていますし、
かつてのHeartlandのようなスケールの
The Hobo King Bandだけでなく、
若手ミュージシャンとのセッションによる
COYOTE BANDとしての活動も行っています。


ZOOEY(デラックス盤)(DVD付)

かれとぴ編集後記

周囲の影響で佐野元春さんの曲を聴き始めたのは
中学生ぐらいの時です。

高校にあがると
高校のOBの先輩が持っていたの元春さんのレコードを
CDに買い替えたいという理由で
レコード盤を安く売ってくれました。

そんな元春さんとの出会いを思い出します。

元春さんのことを考えるとき、
なぜか私は詩人中原中也さんを思い出します。

中原中也

詩人:中原中也

そこに影の部分や、いたみを感じてしまうからでしょうか。

元春さんにはそんな感覚はないでしょうし、
もっとポジティブな発想を持っている人だとは思うんですが、
おそらく時としてその歌声が魂の叫びに聞こえてしまうので
そう感じてしまうのでしょう。

個人的に好きな曲はたくさんありますが、
敢えて、というところで
マニアックなところをあげさせてもらうならば、
1stアルバム「BACK TO THE STREET」に収録されている
「さよならベイブ」でしょうか。

後半Bメロ部分のシャウトするような歌い方が
実に元春さんらしいと思うのです。

その頃から実に30年以上も経っているにもかかわらず、
相変わらずかっこいいですね。

ラブソングも素敵ですが、
思想や、政治、世界の在り方について
想いを歌にのせて伝えようとしている姿が
何とも言えずかっこいいです。

いつまでも変わらないスタンスで、
私たちに元春さんらしいところを
見せて欲しいと願ってやみません。
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ご意見、ご感想がございましたらコメントをお願いいたします。

最後までお読みいただきまことにありがとうございます。

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